絵に描いた餅だけ食べたかったけど今は棚からぼた餅でもいいと思ってる

節度を守らず書きたいことだけ。汚い感情も整理して書いておく自分のためのブログ。

それが救いの物語だから私は中村文則さんを好んで読むのだと思った話

※前半は読書の話、後半がSixTONESの話です。久しぶりにブログ書いたら意味わかんないくらい冗長になってしまった。

 

最近めちゃくちゃ心と身体の調子がいいです。ハピハピ~って思いながら毎日寝れてるうれし~~。

少し前から週3,4回運動するようになったんですけど、そっからすごい調子よくなった。身体だけじゃなくて、脳みそとか心のキャパも広がった感じがします。

だから小説も読めるようになりました。うれしい。

 

だんだんわかってきた私パターンでいくと、疲れてくる→這うような気持ちで本屋さんに行ってハードカバーどか買いして配送お願いして(だいたいどこの本屋さんも1万超えると配送してくれる)帰ってきて、読む気力はないから結局積読がたまる→そして無力感にさいなまれ、仕事クソ、この世もクソクソのクソ、と罵詈雑言を放つ→だんだん怒る元気もなくなってくる、がヤバルートへの系譜だったんですけど、それが断ち切られた感。

 

仕事の感情を家に持ち込むことがなくなりました。いったん運動でリセットされるから。すっごい楽。幸せ~~って思う。

 

そんなわけなので、昨日中村文則さんの『その先の道に消える』を読み終わりました、という記録を残しておこうと思います。本を読むってやっぱり普段使わない脳みそがぎゅんぎゅん回ってる感じがしてたまらなくてやめられない。

あと、全部わかろうとしなくていい(作者の意図なんてわかるわけない)と思えるからそれがとても心地いい。現実世界だと、どうしても相手や物事を「わかろう」としてしまうので。

相互理解なんて存在しえないのに、だからこそいいのに、結構な頻度で自分のものさしに無理やりあてはめたり、わかった気になって仕事しちゃうので、これは自戒の意味も込めて書き残しておこうと思いましたまる。

 

そんでもって『その先の道に消える』のあとは『カード師』を読みたくなって、部屋の中ひたすら探したんですよ。埋もれてて全然見つかんないの。しばらく探して、そういえば朝井リョウさんの『正欲』と一緒に買ったぞ、と思って付近の本を掘ったら『カード師』でてきた。やった、と思ったけど、そこに至るまでに町田そのこさんの『52ヘルツのクジラたち』3冊出てきちゃったよ、それぞれ別の場所から。もれなくすべて積読です勘弁してくださいストレス社会にやられすぎよ過去の私、と思うなどしました。

 

 

 (これ、ジュリタナカさん絶対好きだと思うんだけど読んでくれないかな、とめっちゃ思いながら買った。田中さんとは別のベクトルで(完全にファンタジーの1ジャンルとして楽しみそうという意味で)京本さんも好きそう。こうちくんとか松村さんは作家さん的にあんまり好みじゃなさそう。ジェシーくんも暴力とか理不尽とかにダメージ受けちゃいそうなので避けるだろうなと思う。たろぴは読まないで、というか読んでも内容許せなそう。好きな話じゃないと思う※勝手なイメージ)

 

■『その先の道に消える』中村文則

 

 なんか私、中村さんの本買うと最初に冒頭と結末読んで、文庫だったらあとがき読んでから内容に入るんですけど、毎回あとがき読んでたまらない気持ちがこみ上げて泣きそうになるんですよね。本が読めて幸せって思う、この人の本読むと。

 

なんでかなあと思ってたんですけど、この本読んでなんとなく理由がわかった気がしています。あくまで自分の中の理由ですけど。

 

茶店で読み終わって、駅まで歩きながらふと「これは救いの物語だったなあ」と思ったんですよね。それでもって、中村さんが救いの物語を描いているなら伊坂幸太郎さんはきっと正義と幸福についての話をしている、そんなイメージがあるなあと思い。

私は「残念だけど神はいないよ」と作中の文章で言われたとしても、中村さんの物語にうすもやがかった光のような救いを見出してしまうから、今の今読みたい作家さんが中村さんなのかもしれないなあと思ったりしました。

(伊坂さんの作品は1人で過ごすクリスマスに読みたい感じ。そこに幸福があると信じて疑わない作風が好きです。登場人物皆、孤独ではないし絶望していないところが特に大好きで、私はボブディランが流れるコインロッカーや、重力に逆らう縄の上のピエロにめちゃくちゃ勇気をもらって生きてるタイプの人間でもあります)(『逆ソクラテス』はちょっと刺さりすぎて読むのしんどかった)

 

 

■あらすじ

アパートの一室で発見された、ある“緊縛師"の死体。重要な参考人として名前があがる桐田麻衣子は、刑事・富樫が惹かれていた女性だった。疑惑を逸らすため、麻衣子の指紋を偽装する富樫。全てを見破ろうとする同僚の葉山。だが事態は、思わぬ方向へと突き落とされていく。犯人は誰か。事件の背後にあるものとは、一体何なのか。やがて、ある“存在告白"が綴られた驚愕の手記が見つかり――。

 

これ、ミステリーの側面もある文学作品だと私は思うんですけど、作中全体にただよう雰囲気が私はすごく好きです。

 

人は結構あっけなく死ぬし、複数死ぬんだけど、なぜだかそこには祈りや救いがある。これは中村文則作品の特徴だと思うんですけど、その「あっけなく訪れる突然の死」を絶対ぞんざいに扱わないから私はそこに救いを見出してるんだろうなと思います。

 

(ちなみに過去、自分で買って後悔してもう触れなくなるくらいトラウマになってる本があって『彼女は存在しない』って本なんですけど、なんかもうあらすじとかは記憶から削除されてて、ひたすら赤いイメージだけ残ってるんですけどほんと無理だった、なんか読みながらひたすら「これはおかしい、胸糞わるい」って怒って傷ついてた思い出。本の破壊力にやられて2日くらい具合悪かった読後。これがあったので「イヤミス」ブームにも乗れなくて、湊かなえさんも真梨幸子さんも1つも読まずに生きてきたな、と思い出しました。今回、救いの対局にあった本ってなんだろうと考えるにあたって思い出したので記録)

 

なんかね、彼女、麻衣子が抜群にいいんですよ。ふわふわしてて空っぽなの。だから相手の写し鏡みたいに、求められるものにスイッチできちゃって、でも自分のことは何も決められない――違うか、自傷しすぎて自分がなくなっちゃってるのか。

登場人物ほとんど、生まれ持った名前でも顔でもないんですよ。で、もれなく過去に縛られてる。自分の身体を人にゆだねる、物理的に、相手ばかり見て自分の内側から目を背けてるから、どんどん沈んでいってしまうんですけど、それでも生きていくしかないんですよね。だって神様なんかいないから。でも、神様なんかいないけど、人と人との偶然の気まぐれで人生変わっちゃったりする。

私山本さんが一人で生きていかなきゃならなくなった(生きていけることになっちゃった)場面好きなんですすごく。そこに葉山さんは関わらないから、二人の道はこれ以上交わらないの。

同じように、ここが人生の岐路だと、この出会いで局面変わるぞって予感があったとしても絶対そこに飛び込まなきゃいけない決まりはないし、契機が過ぎ去るのをそこで黙って見送ってもいい。自分の人生なので。自由でしょ、自分で決められる。最後の終わり方もすごく好きです。

だから、その先の道に消えるだよなあと思ったりしました。

 

つかみどころなくて、ばちこーんってはまった感じもしないんだけど、全部わかんなくていいしこの空気感大好きって思って元気になれたらそれでいいよって中村さん言ってくれてる気がして、だから好きなんだろうなあと思います。たぶん読後こんな穏やかな気持ちになれる作家さん、中村さんくらいかも。

綿矢りささんの著作は毎度読むたび、笑えてくるんですもん。「こん人またやりおったわ」って、素晴らしすぎてハレバレした気持ちになって笑えてくる。ちょっと元気になったらまた綿矢さん読もう~~。

 

※こっからSixTONESの話※

 

中村さんが救いなら伊坂さんは正義と幸福で~~とかなんとなく考えてたら「じゃあSixTONESのメンバーは?」となったので考えてみたら面白かったのでメモで残しておく。

 

妄想はなはだしいし人を二文字とか概念で当てはめるなって話なのでこれはマジのマジでただのとんちんかんなお遊び。

 

MIU404でも正義についてめちゃくちゃ語られてましたけど、私はSixTONESの人間的なずるさがどうしようもなく好きなので、いつまでも泥臭くあれよと願ってしまいます。

 

なんていうかタナカサンもたろぴもずるい男な感じがたまらんです私は。

ずるいの意味はそれぞれ違うんですけども。

たろぴは、何を押しても自分の気持ちに生きようとするところが、周りを巻き込んでもその理由に正直や素直があるなら許されると思ってそうな傲慢さが、それを許されてしまう恵まれた星のもと生まれた感じが(まあ実際は全然そんなことないんでしょうけど)ずるいです。なんか親しき仲にも礼儀ありって言葉大好きそうなのに身内にはガッバガバになるたろぴサイコーっすよね。

タナカサンは自分の心を偽ってでも社会的正しさに自分を当てはめようとして当てはめられちゃう器用な不器用さが大変わかりやすく、ある一定の層をしんそこ惚れさせてしまうので。そうやって彼が社会通念的に誰も悲しませないように無理して選んだ選択が、結果的に社会というか彼の周りの人の幸せには繋がらない感じがして、それでもかたくなに正解であろう選択肢をとらない彼を、皆結局は彼らしいと言って許しそうなのでずるいです。

この世界線、いったい何が起こるんだよって感じですけど笑

とにかく田中さんと森本さんは「正しくあること」と「正直であること」にそれぞれ縛られてそうな感じが私はすごく好きです。

というか雑誌音楽と人読んだんですけどジュリさんのインタビュー内容あれはもうほんと尊敬。わかる、わかる気がする私も仕事でそういう経験めっちゃした、という気持ちになった。

 

どうでもいいんですけど、勝手なイメージなんですけど松村さん仏画好きとか言いつつ実際に数多く見てるのは邦画で単館系とか好きであの騒動ある前はアップルリンクとか時々行ってたのでは。(想像しただけ)監督縛りで映画見てそうだし、いつか奥山大史さんあたりとお仕事しそう。

 

あと少し前にジェシーくんの1万字インタビュー読んだので感想だけ置いとこう。

 

ジェシーさんは何かやりたいことがやれてないと枯れてしまう人なのかなと読んで思いました。読んでというか、読みながら彼がソロでやってたりますだりょうさん始めさまざまなJr.と組まされてた頃の顔つきを思い出して、そうか、あの位置は不本意だったのかと改めて思うなどしました。

なんか6人のくくりでやりだしてから顔つきも髪型も変わりましたもの。背中を預けられて、自分を信じてくれる仲間が欲しかった人なのかなこの人。そのためにこの世代の人たち結構振り回されててウケちゃう。これは神のいとし子にしか許されない所業だわ、と大変失礼なことを思うなどしました。

 

それからストは皆グループに自分がいることが(出自的に)マイナスになると思ってたんだなあ、引け目感じすぎとも思いました。スタートが自己否定から始まってるグループには当時見えなかったので、やっぱりこういう温度感はファンとしてみないと知らないものですね。当時の私は六本木かEXのバックの蓮音ちゃんに必死でした。

 

あと極めつけはジェシーくんの強情さ。(二世って言うのをやめなかったり、こちゆごのやつ松村さんに言ったり)もうひたすら感服。この意識的な無神経さ(相手が触れてほしくないところも、必要ならえぐっていく感じ)が許されるのは相当よ、というかジェシーだから許されるんだろうなと思いつつ。

相手が言われたくなさそうなことを察知して気遣って何も言わずにそばにいる、を他の5人はするタイプかなと思ってますが、そこにジェシーがいることでやっぱりかなり好循環してるんでしょうね。流れが停滞しないので。

と、勝手にいろいろ思うなどしましたとさ。

 

とにかく「音楽と人」めっちゃ良かったのでまだの人は買ってください。

 

 

マスカラは3形態手元に来たのでゆっくり楽しもうと思いますーー!

 

(実は蓮音くん、陽性になってから3週間音沙汰ないのでだんだん結構不安になってきて、それを紛らわそうという意味でブログ書き始めたのでした。ちょっと気が紛れてよかった)

SixTONESのライブoneSTがサイコーに楽しかった話

メイングループだけを見るために(バックのジャニーズJr.目当てではなく)コンサートに行ったのはひどく久しぶりでした。

(たぶん関ジャニ∞の8EST@味の素スタジアムぶりでした)

(ちなみにSixTONESを生で見るのは客入れしてた少年収ぶりですたぶん。蓮音くん目当で行ってるので記憶が定かではないけどたぶんデビュー前)

めちゃくちゃ楽しくて幸せ空間で、この楽しい体験をこのあと食事に行く友人へ要点まとめて話したいので取り急ぎブログにまとめておくことにしました。

 

・京本さん、たくましい。SixTONES、ごつい

ステージ上で絶対ぶれずに涼しい顔してるのほんとすごいしきょもちゃん(精神的に)めちゃくちゃたくましいじゃない、と思うなどしました。

裏とか内心ではいろいろあるんでしょうけど本番間に合わせ力(とは・・・?)がすごい。

そしてやはりスト皆ごつい。丈夫。身体が立派。神の創りし造形物って感じ。どれだけ近くにいてもこちらの影響をちっとも受けなさそうで、実在してんのに非・実在な感じあるのすごい。内心はいろいろあるのかもしれないですけど、ただそこにスンとしていてくれるだけで湧いてくる謎の安心感・・・(もしかして お守り?)

 

・よく誰かの心配してますけど見てる側からすると松村さんが一番心配。ヒロイン力がすごい

不必要にぴょんぴょん飛んでるなあと思ったら松村さんなんですよ・・・

過剰にぐねぐね動いてんなあと思ったら松村さんなんですよ・・・

→ただただ膝が心配。

 

むせたのか何なのか、暗転からのSTまでの10秒くらい、咳スイッチ入っちゃったみたいで結構ゴホゴホしてて(音響いてたのでたろぴ心配そうに振り返っていた)前傾姿勢になってそのままの流れでSTの出だしいったのですが。終始心配で笑えないのは松村さんの方でした・・・

→早急にお水を差し上げたかったけど、たまたま咳止まらなくなっただけっぽく感じたので過呼吸では?とか咳喘息では?とか言われることもうるせえなあと思ってそうだし、暗転中だったとしても咳き込んじゃった自分すらもめんどくせえなあと思ってそう

→そういう自意識の過剰なこじらせしてそうなところがいいなあと思うなどしました

 全然関係ないですけど、一応私配信ライブも見てたんですけど、イミレで火花の雨降らせるセンスやべえな。イミテーションすぎませんか。見立てがすぎるのでは?日本人の美学って感じがすごい。空が泣くとか表現通じちゃったり悲しくなると雨が降っちゃう情景描写が私は大好きなんですけど、イミレの火花シャワーはたまげた。

てかきょもちゃん滅びの美学好きそうなの解釈の一致ですごい好きだったし、滅びの美学が好きな人自身はそう簡単に滅ばない(本当に滅びに向かってる張本人は自分を俯瞰する余裕なんてない)のできょもちゃんのことこれからも安心して応援しようって思いました。すき!

 

ジェシーSixTONES、合ってた

専属モデルの雑誌卒業して上の雑誌行くとき「皆ジェシーが大好きだ」的なコピーつけられてましたけど、ほんとそれ、と思いました

ジェシーが大好きだし、SixTONESが大好きなジェシーのことは皆もっと好き

帝王降臨してる瞬間が何度かあったと思うのですが、これは圧政を強いて無理やり自主的に帝王君臨してるんじゃなくて、王は君臨すれども統治せず的な、皆がそこはジェシーの席だよって決めてそう演出してる感じがいいなあと思いました。・・・伝わる?

ジェシーがセンターなんだけど、ここ一番の大事なときをジェシーに任せることが多いのだと思うのだけど(思えばガムシャラ!のバスケのときもそうでしたね)、だからって任せっきりにしているわけじゃないのがいいなあと思いました。

あの時(フリースタイルバスケのとき)も声かけてチームを鼓舞するきっかけ作ってたのは樹くん(って感じ取れる編集の仕方だった)だったけど決めるのはジェシーだったなあと思うなどしました。

センターの重圧とか48グループではよく言われてましたし、欅坂のドキュメンタリーでは「センターを”やってくれてる”」なんて言葉がメンバーから出ててハロプロとの違いや欅坂46という稀有な軌跡をたどったグループに思いを馳せたりしてジェシーくんの今後を心配したりもしましたが、

でもストのほか5人はジェシーの繊細さも忘れたり見ないふりをしてるわけじゃなくて、たとえジェシーが自分の気持ちに耳を傾けることを忘れてしまって投げやりになったり苦しい気持ちになったとしても、周りがその状況を許さないだろうなあと思えるのがとてもいいです。ジェシーが黒って言ったらそれが白でも黒って言いそうだけど、それは逸脱とか世間からの離反ではなく「黒でもいいよね」って了承を社会に力ずくで取りに行く方向に向かいそうなのですごい頼もしくて怖いです、ジェシーというより周りの5人が怖い。

リーダーとエースは別の方がいいと思う(一人に負荷をかけすぎないという意味で)ので、ストは皆がそれぞれの領分で責任を放棄せず真摯にやってると感じられるところも非常に信頼できます。

ジェシーくんにはずっと「大丈夫でいてほしい」けど「ジェシーなら大丈夫だね」って太鼓判押されてほしいわけじゃなくて、「大丈夫かな」って周りやメンバーからは心配され続けてほしい。いろんなことを任せる分心配することはやめない(信頼してないからじゃなく、ジェシーくんのことが大切で、有象無象に大事な存在を傷つけられる未来なんてノーサンキューだから)ストでずっといてほしいなあと思いました。

彼が根本的に抱えてそうな不安定さをそのままに、バランスをとってしなやかに生きていく方法を見つけられてる感じが、社会の隅っこで働いてる身としてとても尊敬できます。見習いたい、あの太陽性。大丈夫だよって言ってくれる感じがすごい。

安心感がやばいからジェシーがラジオくると安眠ラジオになる、声からマイナスイオン出てるのかな、気づいたら寝てる。

京本さんは気を張ってステージに立ってるのがやっぱりわかる気がするからこそ、きょもちゃんがこんだけ頑張ってるんだから自分も頑張ろうって思うので彼のアイドル性もまたすごい。

京本さんが来ると目が離せないからラジオガンギマリになる。寝れなくなる。

すとーんずってめっちゃバランスの良いグループですね。

 

・ペンラで酔う

打点が高い、たけえ、高すぎる。ペンラが踊ってて怖い、すごい。ほんと曲ごとに盛り上がってるのがめちゃくちゃわかる。普段これ見てたらそりゃ無観客物足りなくなるよね、と思いました。RAM-PAM-PAMのペンラで酔いそうだった。

 

・Life timeが讃美歌

音響すごい響いてて、狭い教会にでかいパイプオルガン置いてあって、それがぎゃんぎゃん鳴ってる感じだった、マジで讃美歌。天高く鳴り響いて世界を浄化してくれって思った。

 

・この空間全部ひっくるめて自軍って言えるのは幸せだと思う

結構客席見える席だったんですけど比較的治安が良く、彼らに似て真面目に決められたルールの中で最大限楽しむファンの皆様で本当に素敵、と思いました。

そうなるように随所でメンバーが工夫してるんだろうなとは思いましたけど、さすが勤続年数10年越えは違うぜ!サイコー!となりました。(あくまで外野の意見なので、きっと中のファンの方からすると思うところはあるでしょうけど、少なくともフェイスシールドつけてない人はガン無視してたりしたので徹底してんなと思いました)

 

・ジュリタナカが宣伝全部言うの、やっぱり面白い。TVerでオードリーのあちこちオードリー見てほしい。

田村さんが学級委員長の話してたけどジュリタナカほんと学級委員みがすごい。自分が全部やるとかじゃなくそれぞれにスポットあてる感じがまさにそれ。

あとダンスがかっけー。

 

・たろぴの彼氏力すごい

せきこむ松村さんを振り返って心配する(STの移動も順番とちるとか遅刻じゃないしもともと最後尾だけど遅れ気味ではあった)ところもだし、テンション爆上げメドレー→ハマの公式ソングへの暗転で上着交換して水飲んでタオルで汗ふいて衣装片腕だけ通して明転するのとか、相手が求めてる行動を無意識でも察知してわかりやすく表現してくれる気遣いの天才なところがたろぴすごいなと思いました。尊敬する。利他主義な感じ。心配にもなるけど、周りに誰かいた方が安定するタイプなのかなこの人は、と思うなどしました。

 

・こうちさん、ナチュラルボーンヤンキー。普通にこわい。

色変えられないペンラは口につめることをおすすめしたり、手すりに足かけたり(STのとき)、ふとした瞬間に無意識でヤンキー出るのすごいこわい(褒めてる)

演出上必要なときに治安の悪さほんとの意味で爆上げしてるのこの人だよね・・・

燃え上がれファイアーで横アリの特効すげえ使うきょもちゃんはアイドルだけどこうちさんは特効とか必要なくヤンキーできちゃうからすごい(褒めてる)

 

・こんだけ恵まれた体躯があってユニーク街道ひた走ってるように見えるのになんだかんだジャニイズム継承しててクソ真面目なところが非常に良い

箱庭アイドルふわふわ帝国、みたいなジャニーズデビュー後数年でたどるお決まりコースにはいないので、独自路線に見えますがジャニーズであることにクソ真面目な6人がサイコーにいいなと思いました。

なんだかんだこの人たち、昔からオキニというかジャニーさんに大事にされてた(されてるように見えた)というか、当時私は仕事干されたとか言っても知名度あるしメディア仕事あるからいいですよね、お願いあとすこし立ち位置ずれれる?自担がその先にいるんすよ、とか思ってたし早くその場所あけて下の世代に譲ってくれませんかって思ってたし(最低)ちょっとひねた目でストの6人を見ていたのですが、

ジャニーさんの話をやらかい表情でなごやかにしてるところを見ると、こんな2021年が来てよかったなあと思います。

ジェシーくん、おばあちゃん子なイメージ(たぶん当時祖母の影響で演歌を、って少年収でめちゃ話してたから)なのでジャニーさんにもなついてたんだろうなあと思うのですが、それを他5人もやわらかく受け止めてるその関係性が本当にいいなと思いました。(ちょっと横山裕くんを囲む6人の光景を思い出してしまった※うちくんはそのころもうグループ活動してなかった)

喪ったものを悼むのはもちろんなんですけど、喪うことはゼロになることじゃないって6人とも知ってて、先にいってしまった人との思い出をおもしろおかしく話して笑う時間の大切さを6人ともが理解しているんだなあと思ったので、この人たちは人として信頼できるしまたライブに行きたいなあと思った、そんな昨日でした。

 

また頭の中が整理できたらいろいろ記録しておこうかなと思います。

昨日夜公演前に友だちにLINEしてて「最近気づいたらぼーっとしてる」「見てるのに見てない」「一回でがっと集中して考察できるくらいの情報を叩き込む、ができなくなった」とメッセージしていたのですがほんとそれ。

なんなら家に中村文則著『あなたが消えた夜に』がまったく同じカバーで2冊ある(2冊目買った記憶ない)から勘弁してほしい。年取るのこわい。でも生きるの楽しい!毎日だんだんできることが増えていく感じして楽しい!(小学生の感想)

 

おしまい!

 

新胡桃さん『星に帰れよ』はゴリゴリの哲学

めちゃくちゃ面白いから読んでほしい、読み切ってほしい。その一言に尽きる。

晦日からずーっとテレビ→ネット小説→テレビ→Twitterしてたら目がやられて頭が痛くて眠れなくなってしまい、そういえば「明日は帝劇に行くから早めに寝ないと」とか思わないお正月久しぶりだな、と思うなどしました。

眠れないのは困るけど頭痛薬を飲んでもどうせ20分は痛いまま、と思ったら神にでもすがりたくなりまして、開いたのが『星に帰れよ』でした。だって普段聴いたら絶対安心して眠れるSixTONESのANN聴きながらでも頭痛いの治らなかったんですもん。

というかたぶん単純に私活字中毒なので目を酷使しすぎなんでしょうね。四六時中何か考えてないと気が済まないので夜も寝付きが悪いんですけど、SixTONESのANNはサイコーに眠れる。耳をすましたら絶対徹底的に人を傷つけたりしない平和な世界が広がってるとこの1年で不思議と信じられたので。もうジェシーが来た回とかオープニングトークで寝れちゃう。

これは全アラサーに勧めたいと思ってこの前同級生にもSixTONESのラジオめちゃ安心して寝れるよって話したけど「職場の人にも同じこと言われた、なにそのラジオ、田中くん何者なの」と言われた。その職場の人とお友だちになりたい。

以下は、今年の読書始めの一冊になった『星に帰れよ』の感想です。好き勝手に感じたことを書き散らしているので、解釈違いだったりもしかしたら誰かを傷つけるかもしれません。先に謝ります、ごめんなさい。

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星に帰れよ

星に帰れよ

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■あらすじ

16歳の誕生日、深夜の公園で真柴翔は"モルヒネ"というあだ名のクラスの女子に会い――。高校生達の傲慢で高潔な言葉が彼らの生きる速度で飛び交い、突き刺さる。第57回文藝賞優秀作。
河出書房新社のHPに載ってるあらすじ)
なんかもうあんまりにも簡潔すぎて「いいから読め、1時間もかからないかもしれないから」とすごい圧を感じる、逆に。

そこのリンク先からもう少し詳しいあらすじが載ってるページがあったのでそこのやつコピペしますね。

■あらすじ②

第57回文藝賞優秀作受賞者は新胡桃(あらた・くるみ)さん。16歳の高校2年生です。文藝賞史上2番目に若い受賞者となります。受賞作『星に帰れよ』で描かれるのは、作者と同じ16歳の高校生3人の世界。
家庭に問題を抱えながらも、クラスでは明るい「変わり者」キャラとして振る舞う、「モルヒネ」というあだ名の女の子。その親友で美人の麻優(まゆ)。その麻優に恋するサッカー少年・真柴(ましば)。夜の公園で、麻優への告白の練習をしているところをモルヒネに見られた真柴が、翌日思いがけず、その麻優から告白されます。しかし麻優は「私のこと好きっぽいから」という理由で告白してきたらしく、真柴の名前さえあやふやな様子なのですが──。


こんな話。こんな舞台設定。新胡桃さんがもし書き続けたら、私世代にとっての綿矢りささんのような、ある種の指標となるような作家さんになるんじゃないだろうか、と思わせるデビュー作でした。住野よるさんの時も思ったけど、書き続けて売れてほしい。


これは、ものすごく荒削りなのですが不思議と読み切らせるパワーに溢れた小説です。

(ここまで下書きしてからMIU404→ANN→オンライン通話参加して深夜3時を過ぎました。知ってる人達の話をずーっと聞いてられるって幸せ空間だな?オンラインサイコーか?と思うなどしました)

はい、話を戻しますと。

この小説は思考のエッセンスがゴリゴリにそのまま入ってきててそこがすごい。
ふわっととろけるかき氷とかが売られてる横で、冷凍庫で製氷された氷をそのままグラスに入れられて、「食べられますか?」ってされてる本。

綺麗にシロップがかけられて、いつのまにかするする食べ終わって、染み渡るように「美味しかったなあ、これはいちご味のかき氷だったなあ」ってなる小説、あるじゃないですか。
(テーマに一貫性があって、自然な調和が取れていて主題もなんとなく伝わるタイプの小説)

『星に帰れよ』はほんとにマジで、荒削りにも程があるんですけど、それでも読ませる勢いと切実さが感じられて、読むのは1時間もかからないのに、解釈に時間がかかるタイプの小説で好きだなあと思いました。

頭痛くて泣きそうだったんですけど、モルヒネが真柴に激昂するシーンで普通に泣いちゃった。ガラスのような繊細さに泣いちゃいました。


これはたぶん、価値観の違いを前にしても人はわかり合おうと手を伸ばせるのか、、、いや伸ばせよ、諦めんなよ、簡単に諦めてんじゃねぇよバカかよ、という類のお話なんじゃないかなあと思うのですが、そこに星の王子さまや、夜空の星を「あれは墓場だ」という父親や、自分の軸を他人に委ねることを依存と呼んだり神への信仰と呼んだりすることや、ごくごく私的な空間でのキャラ付けが光の速さで拡散されてしまうことなど、いろんな要素をガンガン盛り込んできてとても面白いです。

同じ考え方、同じ感じ方をする人間だけで集まった星は平穏で平和だけどつまらなかったから、価値観のるつぼとしての地球に皆住んだんだ、だけど結局るつぼにはなれなくて、価値観のサラダボウルみたい。だったら元の星に帰った方が幸せなんじゃないの?だって?そんなわけあるか、あそこは墓場だよ、俺たちは毎夜墓場(星空)を見せられて地球で暮らしてるんた。

お父さんの物の捉え方を私なりに解釈するとこのような感じになります。人種のるつぼとか、サラダボウルとか習ったの懐かしいですね。

この話が出た後に星の王子さまが出てくる。フォーカスされてたのは「たいせつなものは、目に見えない」でしたけど、そもそも星の王子さまの作品内にはたくさんの星が出てきましたものね。数字こそ正義の星とか、あるいは王子さまをさんざん振り回したお花がある星とか。でもさ、たしか王子さまは夜空の星々を「この中のどれかに僕の大切な薔薇がいるんだって思ったら世界がとっても愛おしく思えてくるよ」的なこと話してたはずなんだけどな。でもそういう話じゃないし、そういう話をしたいわけでもないですよねモルヒネは。

この作品読んだあとしばらくしてから「あれ、この話でいうところの星に帰れよって、つまり死ねよって言ってるようなものでは?」と考えいたり、これは面白いわ、と思ったのでした。

だってモルヒネ、きっと何度も「お前ら星に帰れよ」って言いたくなったはずなのに、この子はついぞ言わないんです。最後まで対峙することを諦めない。その気高さ、潔癖さは愛すべき資質だと思いますし、令和特有の感覚なのかも、と思ったりしました。
蹴りたい背中』のハツはにな川のこと蹴りましたもん。モルヒネは、どこにもぶつけようがない葛藤を自己でおさめようとしています、作中。だから星に帰れよって言いません。言っても伝わらないと思うからですし、星に帰れよ、は自分が自分と人との関わりを投げ出す言葉なので、絶対言いたくなかったのでしょう、きっと矜持が許さなかった。あともしかしたら、私の悩みを本当の意味で受け止めてくれる人なんて絶対いないし、自分もそれを必要としてない、と感じていたのかな。

人には人の事情があり、世界があること。それは決して侵してはならないのだと共通理解しているものわかりの良い世代が、これから大人になっていくのかもしれないなあと思いました。

とはいうものの、何かが動いて何かが劇的に変わる話じゃないんです。自分の軸の再構築をもとめられて終わる流れはありますが。
せっかく同じ時代に生きてるんだから、混じり合ってお互い影響を与えていくような関わりを放棄するのはやめようよ、ちょっとは交流しようぜ、でも私もうまくやる方法がわからないんだ、というどっちつかずだけど必死な叫びがずーっとで、めちゃくちゃに響いてステキ、というお話。


モルヒネも代替品でしかない

真柴にとって麻優を尾行するお供は別にモルヒネじゃなくてよかったのだ、ということが終盤になってわかる、しかもたった二行、「僕の代わりに誰か誘えた?」みたいなセリフでわかるのがむごいなあと思います。

誰でもいい、モルヒネじゃなくていいし、クラスの男子でなくたっていいんだけど、何かコトを起こすときは「誰かにそばにいてほしい」、誰でもいいけど誰か。この子たちは誰でもいい誰かを常に無意識に求めていて、誰かの特別になること、代替不能になることを本質的に恐れているのかも、という空気感がこの小説にはあると感じました。本当に面白い。私の感覚と違うから、めちゃくちゃに面白い。

大きな物語の消失

動物化するポストモダン」を高校生の頃に読んだんですけど、もちろんそれは刊行されてから結構時間が経っていて、だから私は予言の書が実現した世界に生きてるのが今の私なのかもしれないなあと思った記憶があります。
たしかに社会的に大きな物語、共通認識でもって繋がっているという感覚はなく、それぞれの小さな物語でダイレクトに個人が社会と繋がっている感じというか、目の前にあるものをとにかく消費させられている感じは納得が出来ました。

そこからさらに10年近く経った今を10代として過ごしている彼らだから、もはやそれぞれが小さな物語というか、世界をもっていて、そこを起点に生きていることは当たり前になっているのも不思議じゃないなあと思いました。
真柴には真柴の世界があるし、クラスの男子にはクラスの男子の世界があって、クラスの男子にとっての世界は教室ではないんです。
考えてみれば当たり前なんですけど、でもそれを当たり前にわかっている空気感は、かなり、ギャップがあるなあと思いました。ゆとり世代とも。


◆この子たちのガラスは耐久性に優れているわけではない

いくら図太く見えようが、ガラスは叩けば割れるし圧がかかれば砕けるんです。

お姉ちゃんは千々に散りそうな心の代替品として身体を傷つけたのでは?というかこの衝動が他人に向かないこの世代、本当にすさまじいな、と思うなどしました。

BOURGEOISで京本大我さんもインタビューされてましたけど、誰もが発信者になるということは誰もが誰かを消費できる、食い尽くしてしまえることと同義なので、お姉ちゃんそりゃ恐ろしかったよなあと。

みんな自分のことはとっても大事、自分の価値観や自分の星、自分の世界は本当に大切なので、そこ以外は全部一緒、同等にあまり優先されない、思考の外に追いやってしまえるのかもしれないですね。仲間内でもネットの中でも一緒でしょ、みたいな無意識の残忍さみたいなもの。自己と他者、そして社会(他者の集合体)みたいなステップなんてなくて、自己と社会(中間層の消失)直結、みたいな。恐ろしい世の中ですね、便利ですけど、みたいな。


◆ 「子供ができた時、もし女の子なら"おバカに育て"、そう思った。女の子は美しいおバカが最も幸せ」 
(『華麗なるギャツビー』から引用)

でもね、16年も生きてたらバカなわけないんですよ、きっと浅いわけない。
と、終盤の麻優のシーンを読んで思いました。

ここは別に狂騒の時代ではないし、戦時中なわけでもない、けど心はすり減るし機能不全家族になっても誰も助けてくれない。

ここは地獄か?と、モルヒネは一度も言わないし、弱音も吐かないというか、前だけ見てる。それがとても眩しいと思うので、麻優の気持ちはわかる気がします。

何があっても、何もなくてもここが日常。ディストピアだとしてもここしか知らないから、ここで諦めずに生きていく、そんな切実さが、高潔さが、非常にかっこいいお話でした。

ので、とても良い本を読みました、という記録です。


新胡桃さんの本が出たら今後も買います。出来上がったものに好き勝手思考を巡らせてとんちんかんなことも言うかもしれません。だけどそんなの気にしなくて良いので書き続けてほしいなあと思う作家さんと出会えて幸せな2021年のスタートでした!

今年もたぶん絶対、きっと楽しい!ですし、京本さんたちでさえ運動して体力つけないと持たないとお話されてるので私もいい加減定期的な運動を取り入れようと思います(今年の抱負)

以上、とっても面白い本を読んだよ、という話でした!

Jr.SP林蓮音さん二十歳のお誕生日おめでとうございます!

みずきくんたちの誕生日が終わってからいよいよドキドキしだして日中も「どうしよう蓮音ちゃんが二十歳になる・・・!」と謎の緊張に襲われていました。

いつもは大体誕生日近辺で現場があって、団扇なりなんなりでお祝いをすることができたのですが、今年はそうもいかないので、そして大きな節目の年でもありますし、おめでとうの気持ちを形に残しておきたいなと思います。(クソデカ感情の置き場にしてごめんねの気持ち。)

林蓮音くん、お誕生日おめでとうございます。二十歳ですね。

私が初めて見たのは東京ドームのJr.マンション、103号室でしゃかりきに踊る男の子でした。

友だちに誘われて行ったジャニワの感謝祭で、勝利くん、じゃないや、たぶん優馬くんだったと思うんですけど、その場で俺も出たいってなってクリエの公演決定した(という演出で、実際は裏で最初から決まってたのかもしれないけど)ことが記憶に残っています。自分だけじゃなくて他のJr.の仕事も増えたのでこの子は本当に優しい子だなあと感じた思い出。

そんな、目当てもなくぼーっと過ぎるはずだった感謝祭でスポットライトもあたらないそこで、指先までエネルギーがみなぎって楽しくて仕方ないってダンスをしている小さい子に気づいたのが始まりでした。

あの子は誰?からのお名前教えていただいて、次の現場に行って間違いないあの子の名前は林蓮音くんだってなって滝沢歌舞伎通って、と怒涛の日々がスタートしました。

そう、私は現場落ちの林蓮音担です。

最初は蓮音くんの声も口上くらいしか聞く機会がなくて、舞台と少年収とコンサートをひたすら追いかける日々が続きました。そのなかで少しずつできることが増えていく様子、任される出番が、立ち位置が前進していく様子を見ることが喜びでした。

誰だって自担が一番だと思うのですが、私にとっても蓮音くんはいつもナンバーワンの自担です。

ステージに立つ姿はいつだって一生懸命で、頑張るを続けた先にはいいことがあるって結果でもって教えてくれる、努力に裏打ちされた自信あるステージを見せてくれる強さをなにより尊敬しています。

私はとてもだらしない性格でマイナス思考な上、自分に甘くてなかなか頑張るを続けられないのですが、蓮音くんを応援するようになってから性格もすこし前向きに変われたように思います。

普段はどうあれ、仕事は責任をもって、真面目に実直に前向きに取り組むのだと自分に銘じられるようになりました。まだ完璧にはできないけど、いつかは蓮音くんのような大人になりたいので。

与えられた出番のダンスは苦手だったり難易度が高かったとしても絶対モノにするまで諦めず、努力して、最終的には自分のものにできるところ、決しておごらず、自分のことではなくステージ全体のことを第一に考えて周りにいろいろ教えたり還元できるところ、すごいなあと思う点がたくさんあります。

もちろん私は普段の蓮音くんを知らないし、だからステージの蓮音くんを見て私が勝手に抱いてる印象の話しかできないから、本来の性格とか思考の傾向とはきっとかけ離れてるんだと思うんですけど、それでも私は蓮音くんのようであろうと思うことで自分を鼓舞して生活できているタイプのオタクなので、本当の本当に感謝してやまないのです。

以下、私が蓮音くんの話をするときの鉄板を記載してみようと思います。え、小学生だった子が二十歳になるってすごない???(突然我にかえる)

★冬の帝劇でウェアマイ★

始まりのちびじゅがみじゅきやようせいくんからこうきくんやヴァサわた、たくまくんとかに変わる前後のジャニアイかトニトニだったと思うのですが、岸くんたちが宇宙のシーンでやるときに蓮音くんも大抜擢でクラシックバレエまじりのダンスをされていた年がありました。

私は初日から満遍なく週2回3公演くらいのペースで通っていたのですが、はじめはぎこちなかったダンスが回を重ねる度に伸びやかになっていて、後半の方になると幕間のとき周りのお客さんが「林蓮音くんってあんなに踊れるんだね」って話す声が聞こえてくるくらい見違えて、ひとり感動に打ち震える冬でした。

初日から完璧に仕上げるのが理想とか、いろんな話があるかと思いますが私は観客から見てもわかる変化の裏側には想像だにしない努力があるのだろうと思ったので、この子は本当にすごい子だ、と鬼尊敬したことを覚えています。

蓮音くんのすごいところは、それを努力と思って無さそうなところです。当たり前に越えるべきステップだしなんなら楽しんでそう。ほんとすごい。

★ちびまいローラーやアクロ★

キスマイのドームコンサートでミニマイフットツー的な、ローラーやってきたみつにぶん回されてたことありましたけど、蓮音くんふじがやくんファンじゃなかったっけ?キスマイ好きって言ってたからよかったねぇ、となごんだこともありました。

夏のガムシャラ!!に抜擢されたり、ドリボに出たりもありました。

蓮音くんのすごいところはいろんなお仕事をさせていただくなかで、必ずすべてをある程度モノにして、そしてその後も使える自分の武器として取り込んでしまうこと。

忍者を始めとして技術のあるJr.は今、たくさんいますが蓮音くんがいろんなものにくらいついて獲得してきたローラーや無重力アクロは今のJr.内で唯一無二のものだと思います。(自担バカかもしれないけど)

それらが全部あわさって、先日Jr.SPでやったスワンソング大優勝があると思うとここまでの道程に涙を禁じ得ません。

スワンソングもいろんな節目の場面でやってきて、ジャニオタ的にもスワンソングって特別で、私は松松が少年収でスワンソングやったとき、元太くんは蓮音くんの一個上だったりするので「いつか蓮音くんもやるようになるのかなあ」と思いを馳せたりしたのですが(あとあと、この時松松大喧嘩中で一言も口きいてなかったってわかってオタクの考えなんてすべて妄想だわと実感した)、そのあと旧スペのスワンソングもHiHiの後ろでやったスワンソングも、セクゾでのスワンソングも、蓮音くんが踏んできたステージでのこの曲はすべて形が違ったけど、この前のスワンソングが一つの完成形で、今までのすべてはここにたどり着くまでの長い旅路だったのでは??と思うくらいサイコーだったのでいろんな人に見てほしい。

横並びじゃなくていい、それぞれの得意を持ち寄って最強になればいいって体現してみせたJr.SP世界一かっこいいよ!!!

って思いました。

蓮音くんを応援させていただいてからずっと、丁寧な字やひたむきに頑張る姿勢、実直さは変わらない美徳です。

私はステージ以外の蓮音くんを知らないので確かなことは何一つないと思いますが、それでもステージで絶対手を抜かない、周囲から信頼されて任される仕事人だからこその場面だったり段取りだったり出番だったりを与えられてるのを見てるので、本当にずっと尊敬する自担だし応援させてもらえることが幸せだなあと思っています。

今年はコロナで現場が激減(正式な発表などないので推測の域を出ませんが)しましたけれども蓮音くんが林兄弟の動画を上げてくれたり、えすっぴぃが誕生したり、ハッピーなことがたくさん起こる1年でした。たくさん嬉し涙流した。

この前のIslandTVからずっと、一つ一つのことにものすごく喜んで幸せ感じてるけど、何年か後に「あの頃はこんなことが泣くほど嬉しかったんだなあ」と思えるようなクソデカハッピー未来が絶対来る、そうでなくとも今の気持ちはずっと忘れず大事に持ってたいなあと思う。

ちなみにえすっぴぃのときはこんな風に呟いてました↑

そこからの、地上波ハンドマイクには気持ちがたかぶりまして、

これで明日からの仕事も頑張れるうううう!!!!今日お休みをくれた弊社愛してるうううう!!!!林蓮音くん(Jr.SP)地上波ハンドマイク持って歌うメインおめでとう!!!構図と色的に昔の少クラのパリドン思い出してあの時もめちゃくちゃ時代始まった感じして嬉しかったなあとしみじみした!

あろうことか、というかなんということでしょうと思うのですが会社への愛を叫んでいました。

party don't stopを少クラのとき蓮音くんセンター始まりでしかもちび6さくまひのメンツがいてセンターで、もうこの世の春かと思った今でも泣ける・・・!そこからも色々あったね!?蓮音くんのすごいところはチャンスの順番待ちを何度でもできること、努力し続けて何度でも前列に上がってくるところ!

そしてありし日の少年収に思いを馳せ、

本当の本当にJr.SPしか勝たんし林蓮音くんがいちばんだし最後まで立ってたキミが優勝ずっとアイドルでいてくれてありがとうこれからもよろしくねの気持ち。

自担バカな呟きを残していましたとさ。

改めまして。

林蓮音さん、二十歳のお誕生日おめでとうございます。

いつも長い間、蓮音くんからたくさんのハッピーや前向きな気持ちをもらっているのに、ファンはなにもお返しができないことが歯痒いです。

でも、蓮音くんと蓮音くんの周りの幸せをめいっぱい祈ります。

これからますます、いいことがたくさんたくさん起こりますように。

何度も壁にぶつかって乗り越えてきたつもりですって言える蓮音くん(何年か前)ほんとに強いし私が応援させてもらいだしてからずっと字が綺麗で一つ一つに丁寧で特技を増やして努力し続けられる才能を人としてものすごく尊敬しています。

蓮音くんのファンでいられることがとても幸せです。

まだまだこれから、ですね。私、Jr.SPがとても好きです。

なので、蓮音くんとスペのますますのご発展を祈念しております!!

あーーーーどうしよう!!自担が二十歳に!!すごい世の中だ!

っていう舞い上がった気持ちはすこし落ち着いてきたのでやっぱり文章にするの大事。

今後も日記は折に触れて書いていこうと思います。おわり。

映画「ミッドナイトスワン」が金曜日の夜に合いすぎる

前回の投稿から軽く半年ほどあいているのですが、部署が異動になりまして日々勉強と思いながら楽しく過ごしている今日この頃です。

年相応じゃないとか落ち着きがありすぎるとか貫禄がとか新しい部署関係の方からはよく言われ、そのたびに何と反応してよいのかわからずマスクの下で口がもにゃもにゃ動いています。

相変わらず仕事中は「クソだな」とか「ふざけてんのかこら」とか「うるせえクソ野郎」とか内心で思うこともなくはないし、たぶん顔にもケンカ売ってる感じ出てると思うんですけど、なんとか会社員をやっています。新人のころは全部押し込めて「承知しました」とか言ってたんですけど最近はだいぶオブラートに包みながら自分の意見も言えるようになったので仕事は楽しいです。

「それでいいのよ」と自分をある程度肯定できるようになったので他人の評価も受け止めつつ、しんどい時は受け流せるようになったことに成長を感じています。

生きてるのが!楽しい!!

蓮音くんは島動画でダンスするしSixTONESは円盤出すしこの世は楽しいことだらけだな!?と思っています。

 

この前ひっさしぶりに映画を見れて、窮鼠はチーズの夢を見るだったんですけど、やっぱり映画館で見る映画はいいなあと思って、そして先週「ミッドナイトスワン」を見てきました。

 


映画『ミッドナイトスワン』925秒(15分25秒)予告映像

 

<ミッドナイトスワン覚え書き>

・邦画とエンタメの混ぜ合わせ

・夜だけ人間に戻れる白鳥のオデット

・「花とアリス「誰も知らない」冷たい熱帯魚」「ヘルタースケルター

 

とにかく、映像がほんとうに綺麗。立ち姿だけで登場人物の心情がわかるし視線、メイク、服装、モチーフ、とにかくセリフ以外が雄弁すぎてここまでわかりやすくできるんだ、と感動しました。

岩井監督、是枝監督、園子温監督、蜷川さんの色彩が頭をよぎる、とても好きな映画でした。

文章書くのひさしぶりなので好きだったところを羅列していくだけにします。

 

①ヒロインの一果ちゃんについて思うこと。

髪ぼさぼさ、自傷癖、感情を言語化できないから苦しさ含めてほとんどの感情を押し込めてしまってるんだろうと思わせる生育環境。

無表情、おぼつかない足取りだった彼女がバレエを始めてから水を得た魚のように、本当にしゃんと立って歩くようになって、そういう過程を言葉ではなく映像で追えるところがいい。

らんま1/2」を読みながら彼女は何を思っていたのだろうか。

凪沙と二人で食卓を囲む場面が本当に好き。いつの間にか食器が増えて、寝る場所も変わってて、夜一緒に過ごすようになった(日曜日とかの店休のとき設定なのかなと思ったけど)。と感じさせる自然な舞台装置も本当に好き。

ひとつひとつの場面を大切に大切につくっているのが伝わってくるのがとてもよき、と思いました。

最後、足元赤のヒールは一果ちゃんにとってのお守りなのかなあと思いました。バレエやる人はあんな高いヒールあんまり履かないイメージだったけど、思えば冒頭から凪沙の足元は赤が印象的でした。

2人の死の上に成り立つオデットだと思うとあのバリエーションは儚さより寂しさよし悲しさと荘厳さ、気高さを感じさせるもので、本当に本当に綺麗だった。

オデットは最後、不実の男に永遠の愛を誓われるけどそれを嘆いて湖に身投げするんですたしか。

海に白鳥なんかいないけど、大好きな凪沙が願ったことだから海辺でオデット踊ったんだよね、背中に悲しい現実が広がってることわかってるから目の前の海に逃げたのかなと思いながらどちゃくそ泣いた。

 

②主人公凪沙の特に好きだったところ

・歩く姿がかっこいいんだけど人の目を避けてる感じ、必死にあえいで帰って薬飲んで泣いてパキッて効いてきたら鼻歌うたって。挙げたらキリがないのですが全部自然に見えて、これがあるから(とても自然でリアルに見えるから)バレエの非現実が際立ってより魅力的でまぶしいものに映りました。

 

・ホルモン注射で筋肉落ちてるからそりゃ荷運びはきついよ・・・。名前も、健二って書くのはきつい。けど面接受からなかったし全部一果ちゃんのためだよね・・・。原作小説読んでみないとわからないけど昼は荷運び、夜はショーパブで働きづめしてお金作ることにしました設定なんだろか

 

・名前も性別も変える方法や制度はあるけどそりゃなんで自分だけこんなハードモードって思うことたくさんあるよね、と思わせる場面場面。というか髪切っても母に見える凪沙さんすげえよ。

 

りんちゃんもね、一果ちゃんに救いを求める感じが本当によかった。最後の空飛ぶシーン好き。画が美しかった。

 

お話の展開的にはセリフがわかりやすすぎて興ざめしたり(滑り台みたいに落ちていく、のくだりとか)、途中からドラマチックすぎだろって思ったりしたんですけど、だからこそ終わりに重苦しさがない、邦画どっぷりの感じがしない、泥臭さもありつつ、画のスタイリッシュさもある、まさに金曜夜に適度な重さ(あるいは軽さ)な映画でした。

とにかく画と音がめちゃくちゃ綺麗だから映画館で見てほしい。

タバコをくゆらす凪沙に寄り添う白鳥の一果(月光に照らされてる)、とかいうわかりみが深すぎるポスターもサイコーすぎてたまらん。

だってこれはビジュアル的に(髪長い、赤いコート)目が見えてる凪沙で、彼女は遂に一果のオデットを見ることは叶わなかったから、これは実際には起こりえなかったもしもの世界ということでなんて救いのある画なんだろうと思ったらずっとリピートしたくなる気持ち。

広島の中学生たちの会話がかわいすぎて、絵柄チンピラなのに平和すぎて、そこがリアルで好きポイント。本当に注意しなきゃいけないと思うのは同年代から離れてて、かつ見た目がおとなしそうな子だと思うので。

映画の中で凪沙が言っていたように、自分を大事にして強く生きていかないと、と思えた金曜日でした!

明日はSixTONESのラジオだ!楽しみ!

 

「6年目」と口にするSixTONESについて、とか諸々。

※ストの話は後半デカ文字になった辺りからです※

 この前大好きな友だちの誕生日だったんですけど「あと何回お誕生日おめでとうって言えるだろう」って思ったら泣けてきちゃいました。

12歳で出会ってからずっと一緒だったのでもう人生の半分以上一緒なのかなあ。

(ずっと一緒というのは心の距離的な意味で寄り添ってきた感覚があるということ)

(実際は中1を最後にクラス一回も一緒にならなかった)

 

在学当時は放課後相手がクラスメイトと話してるの待ってたり(私は友だち少なかったのであんまり待たせることなかったけど、掃除当番のときは相手が廊下で待っててくれて、一緒に帰る15分が1日で一番うれしかった思い出)したなあ、と思い返しつつ、何年か前にその子は結婚したんですけど、感慨深かったなあ。

卒業して地方に行って毎日会えなくなっても私が東京帰ってくるタイミングでごはん行ってくれて、そのたびに付き合ってる人と同棲、プロポーズ、婚約って話を聞かせてくれたから思ったより衝撃は少なく済みまして。なんかものすごく寂しくて泣いちゃうと思ったんですよね、でも実際は違った。この人のそばにいてくれる人がいて、これからのこの人の人生はひとりきりじゃないんだなあと思ったらすごく安心してしまった。

(私は警察のお世話になる度に「自宅以外で安心できる場所はありますか」って聞かれて「ありません」って答えて場合によっては警察に泊めてもらったりした勢なので余計に、この人に安心できる場所があってすごくうれしいと思う)

*1

だって本当に大切な人だから。大人になってつらいことが増えても「何も聞かずにそばにいる」ってことをしてくれる人がいるのがどれだけ嬉しかったか。

学生の頃は私がこの人のこと一番知ってると思う!!って張り切ってプレゼントとか用意して渡してたんだけど、最近はもう何を贈ったら迷惑にならないのか、宅配は迷惑じゃないかとか、わからないことが増えて会ったときにごはんおごる、がパターンになっています。

そう、私もそうだし、相手もきっとそう。打ち明けない話が増えたし、会ってもあんまり話さないことだってある。けど、変わらず私は彼女が大好きで、この人にずっと心配しててほしいと思ってしまう。(ついこの前も貯金した方がいいと思うって言われて嬉しかった)

人間、見えない部分もあるけれど、それも全部ひっくるめて好きって思えるからいいよね、という人が私にもいます。というか比較的クズで心のガードが堅い方の人間なのでこの人いなくなったら私は誰にこの割と重たい執着を預ければいいのかわからない。

 

そんな大事な人がこの世から消えちゃう未来がいつか来る(それは私もそう)っていうのは自明の理なんですけど、なんか30を前にしてそれが身に迫って感じられてしんみりしてしまいます。そんな今日この頃。

 

あと、私はこの本アカウントとは別にリアルの知り合い用のアカウントがツイッターにあるのですが一時期10万一律給付になりそうみたいな報道でてたじゃないですか(実際そうなったけど)、そのときリア垢では「たった10万いらないよーその分税金増えるんでしょほんと勘弁(´;ω;`)」みたいな商社勢ツイートが散見され、医者や弁護士は沈黙を貫き、行政職はいつにもまして過労で死にそうになってて控えめに言って地獄であった。というか10万いらない人ほんとにいるんだ、と思い、アカウント(フォローしてる層)が違えばマジョリティも変わるか、そりゃそうだ、これが社会の分断か、と思ったりしました。

 自分が見ている世界がすべてではないと改めて肝に銘じなくては、と感じました。

 

こんないろいろ考えてしまうのは京本大我セットリスト作って聞いてるからかもしれん。。。

 

 

あのきょもブログのセットリストの記事読んだんですけど、この人本当に音楽が大好きで、音楽に救われた経験があって、音楽を通して人や社会と繋がってきた人なんだなと思ってじんわりしてしまった。

いや、雑誌でご本人がさんざんお話されてるけど、自分のなかで急に身に迫って感じられたというか。

きっと京本さんは、私が本を大好きで、本に救われて、本のおかげで生きてると思うのと同じような温度で音楽の力を信じていて、音楽のこと考えているのが楽しいんだなと思えたんですよね。

だってセットリストのラインナップ、本当に多岐にわたってるので(年代も含めて)。これはめちゃくちゃ好きな人じゃないと浮かばないやつでしょ。本好きが伊坂幸太郎さんと松村涼哉さん並べて平然とした顔するのと同じ雰囲気でしょこれ。(並べた人的には共通項があるのだが、はたからみるとキャリアが違いすぎて「なぜ?」ってなるやつ)

ツールは違うけど根っこの気持ち(これが好き!という熱量)は似てるのかもと思えたらなんか世界が広がりました。

これまで私はなんて見かけばかりにこだわって矮小な人間だったのだろうと反省。

目に見えないけどここにある熱いものが似ているから人は人を好きになるんでしょう(これは関ジャニ∞の歌だけど)

 

 ていうか私この前ついにタクシー解禁してしまったのですが道沿いに「とまと館」ってお店見つけたよ、京本さんを思い出したよ、本当に5月入ってからさらに福利厚生が手厚い毎日でめちゃくちゃ有り難いです。

 

そう、SixTONESさん5月1日が結成日でした~~~!!!

 

私がストを気になりだしてから初めての5月なのですが、こんなに結成日にこだわるグループも珍しいし、デビューしたばかりでそちらをフォーカスしてもいい気がするのに皆示し合わせたように「6年目」って口にするのがすごいなあと思いました。

 

なんていうか、この人たちとファンの方々にとってデビューって本当に通過点だったんだなと実感しました。

デビューがゴールじゃない、はよく耳にする言葉なんですけど初めてそれを体感したかもしれない。

 

私が「デビュー」と聞いて頭に思い浮かぶのはHey!Say!JUMPの時のお通夜のような雰囲気と、ジャニーズWEST日生劇場初日です。

(それ以外のデビューは正直、冷静に語れないので置いておく。セクゾからのセクバからのセクシーファミリーの時期はほんと早く上が抜けろと思ってた。自担がバックのバックだったので。上が抜けて早く場所をこっち世代に明け渡せと思っていた。なりふり構わない醜いオタクだったので)

前者のデビューは本当に感情の行き所が見つけられなかった。自分の中でどの気持ちを正解で取っておいたらいいのかわからなくて沈黙を貫いた思い出。

後者は祈るような気持ち、異様な熱量の日生で幕が開いて、7人と言われたときの熱狂、幕間のロビーに響く電話の声(もれなく皆関西弁)、ボルテージは最高潮、デビュー時点で最高の物語を作り上げてしまったWESTすごいな、と思った思い出。(そして部外者が観劇してて本当にごめんと思った)

この日じゅんたくんは「ここがゴールじゃないですよ、ここからがまたスタートです」と言いました。

感覚の話ですがあのとき、たしかにデビューはゴールで一つの節目でした。

そしてデビュー発表は起爆剤でした。

 

それから何年か経って、私が気になったグループはなぜかデビューしたのにひたすら謙虚で天狗のての字もないし嬉しさ爆発!みたいな感じもなかった。

どころかジャニーズJr.としてコメントを求められると途端に目に力が宿る。

(「Jr.だからできることを追求していきたい」って話す彼ら(RIDE ON TIME)は自信に満ち溢れていて、頼もしくてキラキラしていた。)

この人たちはとても臆病で、だからこそ下準備に手を抜かないタイプで、新しい環境には大手を振るって飛び込めない方かもしれない。

自分のためより誰かのために頑張れて、背中を押してもらえたら勇気100%で、1回失敗したくらいじゃへこたれない、粘り強く頑張る姿勢を見せてくれるアイドルかもしれない。

こんなん応援したくなるにきまってる。

というか本当にすとーんずのブログ、邪気というかひっかかるポイントがなくてこの人たちどんだけ普段から発言に気を付けて生きてるの、という気持ちになる(※過去は水に流しています)

いろんなことを敏感に察知して考え込んでしまうこともあるかもしれないけど、いつも楽しそうに仕事してる。こんな後輩職場にいたら頼もしい以外の何者でもないのだが?

「こうなりたい」「こんな仕事したい」はあるけど、大前提としてこの会社で生きていくみたいな意識があって、どんな仕事でも嫌がらずに真摯に取り組んで技能を蓄えていく(しかも対人関係もなんだかんだ卒がない)って、これは管理職まっしぐらのやつ、知ってる、早めにチームとか任されるやつ。

 

「卒業したかったけど大切だった」って何回でも見たいのではやく円盤出してください・・・買いますので・・・。

 

話が逸れてしまった。

いや、この人たちデビュー1年目です!キラキラ!みたいな感じないんですよね。

パフォーマンスはもうデビュー3年目(グループとしてのコンセプトがはっきりしていて、たたき上げのスタッフと一緒に作品を作れるであろう一番楽しい時期)な感じだし、これがあと2年経ったらまた雰囲気変わる(きっとこんな世界観はっきりしたライブじゃなくなってる気がする)(海賊帆しかり、8UPPERSしかり)から、そういう変化も含めてこれからを楽しんでいきたいなあと思うのではやくライブに行きたいなあ。

 

で、さっきWESTの話をしましたけど、彼らにとっての、ファンにとっての運命の日はあの日生だったと思うんです。それで、SixTONESにとっての運命の日はあのクリエだったのかな、と思います。それなら1月22日ではなく5月1日にこだわるのも、「1年目」ではなく「6年目」と言うのも腑に落ちます。

そういえばデビューで形が変わらなかったグループってだいぶ久しぶりですもんね。

皆で舵を切った日が5年前の5月なら、そりゃあとっても大事(しかも年齢的に青春まっさかり)(待って、同じ高校の先輩後輩同輩だった頃の空気をまだまとってた時期ですよね、やばいなあ)だろう、理解理解、という気持ち。

 

今更ですが映画少年たち見ました

 

ジャニーズとんちきワールド大好きって思うと同時にきょもの運命解釈違いです~~~~~今すぐその展開を撤回してください~~~ってなった。(たぶん公開当時の周辺担皆さん思ってたんだろう)

なんというか、ジャニーさんって本当に世界平和を希求していて、それから人にはいろんな事情があるんだよ(でも、全部をわかろうとしなくてもいいし、わかりあえなくてもそばにいられるんだよ)って若い世代に伝えたかった人なのかな、としんみりしてしまった。

だって無戸籍の話がサラッと出てくるってすごいぞ?

 

僕が僕をやめる日 (メディアワークス文庫)

僕が僕をやめる日 (メディアワークス文庫)

  • 作者:松村 涼哉
  • 発売日: 2019/11/22
  • メディア: 文庫
 

 無戸籍の主人公が出てくる青春エンタメ小説です。

 

松村さんは文学ではなくその時代の未来の大人たちにこそ届いてほしい、という思いで物語の力を信じてペンを取っている方なのかな、と思ったりします。

(出身校は存じませんが、言葉は剣よりも強しの精神もってそう)

(この前現役のペンは剣よりも強し、通称ペン剣生の体育祭中止に伴う声明を読みました。ペン剣は学年ごとにオオカミの群れみたいなイメージ※完全な階級社会だからこそ統率とれてて誇りもある感じが勝手な偏見ってわかってるんだけど今もぬぐえない。ずっと戦ってる感じがしてすごい学校だわ、と思ってた)

ひたすら重くえぐくできる話をサラッとした語り口で持ってくるのは「少年たち」と一緒かも。

 

日々生活していて思うのは、

きっと血は水よりも濃いし、(育ちの違いは仲が良いからこそ浮彫になることがある)

人は生まれながらにして不平等、

相互理解など存在しないし、

この世は善悪のものさしで語れない。

けど

たとえ水でもあれば嬉しいし、(私は友だちに何回も助けられた)

努力することは誰にでも可能で、人はわかり合えなくても一緒にいられる。

そしてどんな信念も悪ではないから、生きるって面白いんだろうなあと思います。

 

こちゆごに労わられたいから明日も仕事頑張る!!

以上、目には見えない大切っぽいものの話でした(ざっくりまとめた!!)

 

*1:(どうでもいいんだけど、昨日夢で久しぶりにトラウマ案件が出てきて待ち伏せからのナイフ登場とかしてほんと怖くて、でも「こわい夢を見たんだ」って伝える相手が私にはいなくて、でもひとりでなんとか自分の機嫌を取れたから自分にはなまる満点あげた)

Homeの話

私は性根がクズなので、皆が働いている時に休みたいし、皆が休んでいる時は休みたい。

(じゃあいつ働くんだって言われても、できれば働かずにお金だけもらいたいと答える)

 

なのでGW(STAY HOME週間とか言われて表向きほとんどの皆さんがお休みだった)は絶対に仕事をしたくないという強い意志を持っていたのですがそういうわけにもいかず、出勤していました。

 

でもこの世はクソクソのクソって思わずに済んだのは髙地優吾さんが毎日ブログにねぎらいの言葉を書いてくださったからです。

この人が言うと偽善に聞こえないってすごい資質だなと思います。

どうか今後もゆったり働きながら(私はブログ更新も仕事だと思うので本当に偉いなあと思っている。自分で考えて必要だと思った仕事をして結果誰かの心に届いているの本当に尊敬する。この人のバランス感覚はすごい)日記書いて、ヒルナンデス!レギュラー獲ってね。

 

「今日は結成日です」(※RIDE ON TIMEより)

に考えたことの記録はまた別の機会にしようと思っていて、今日はオンライン飲み会の話を書いておこうと思っています(未来の私が「もしかして自分は孤独なのでは?」と思ったときのため)

 

そう、この前ついにオンライン飲み会をしました。

パリピの催しだと思ってたしカメラONとか死ぬほど嫌だしって思ってたけど、いざ繋いでみたらテンション爆上がりで困った。

(開始数十分してから行った。このあたりも陰の者の性なのか。場を作るのはとことん避ける傾向・・・。さきに始めててくれる皆大好きって思った)

ギアの調整の仕方がわからなくて、仕事以外の話ができる、気を遣わずに気心知れた人たちと話せるのが嬉しすぎて涙とか浮かんできてたし自分に尻尾があったならぶんぶん振り回してたと思う。

 

いや、高校の同級生がメンバーだったんですけどね。最初は仕事どう?って話とかしてたんですよ、で、母校の体育祭のDVD上映会になってこれがサイコーすぎた。

 

うちの学校は競技(台風の目とか)と同じくらい応援(マスゲーム的な)にも力を入れていて、それで学年対抗(中高一貫6学年対抗で行うので中1がバチボコにやられるし高3は受験で身体が重くなってるから走る系の競技中学生に負けたりする)なんですけども、自分たちが高校3年生のときの応援を映像で見てエモが止まらなくなってしまった。

 

学年全員で文字とか色を出していくんですけど、6年過ごした学び舎に感謝の気持ちを表明する内容になっていて当時の応援委員天才か???となった

(自主性を重んじるというお題目のもと、予算をもらった委員が選曲やコンセプト、構成や練習まですべて決めていた。ちなみに「なんで体育祭皆黒髪でメイクとかしてなかったのかな」って聞いたら(だってうちの学校校則なかった)「応援委員が指定したからだよ(金髪だと個が目立ってマスゲームにならない)」って返ってきた。)

 

(そこまで自治ができるシステムがすごいし、同調圧力とか当時は感じなかったけど改めてすごい環境だった(教師の介入なくそこまでやるところが)なあと思った。私は当時「皆で頑張る」とか「一致団結」とかすごい嫌だったけど「一生懸命頑張ってる友だちに迷惑はかけたくないな」って思ってやってたのだそういえば。※6年一緒に学べば大体皆「知ってる人」になる)

 

それで「○○※母校の略称 is our home.」って文字を皆で出してるシーンでエモさ極まったんですけど、そうなの、家なのよ、あの学校は。とオンライン飲み会メンバーでお話をしました。

 

なんというか人格の形成期に所属していた場所なんだからそこが大事な場所になるのは当たり前だし、これはどの聖典を信じるか(どの宗教を信じるか)(生まれて初めての宗教が君です※五月の蝿byRADWIMPS)(ていうか京本さん、もしかしてエルレは青春ですか?)という話だと思うのですが、例えば慶應の人たちってだいたい母校大好きじゃないですか?

 

私も母校割と好きなんですよ。いい思い出ばかりじゃないしたくさん通えたわけじゃない(朝の礼拝とか遅刻してあんまり行けなかった)けど、自分を6年間受け入れてくれた場所があるというのは、その後の人生においても、これからの道程を思うにつけても、外せない、なくしたくない要素だよなあと思ったりします。

 

だから、過半数堀越高等学校を卒業してるSixTONESやばくないですか?(これが本題)

 

いや、まず同じ教育理念を浴びて育ったメンバーがグループを形成してるのがドリームチームすぎる。

(ストの場合はまず最初にバカレアという仕事があって、だからこその堀越というケースも多分に存在していると思うのですが)

(ていうか私は蓮音くんたちが高校進学するときちょっとざわついたんです。堀越組が出てきたから。納得のみじゅきはしもっちゃんでしたけど。)

(これは勝手な思い込みですけど、少年忍者弟組担の皆さんはきっと内心バチバチしてるんじゃないでしょうか。私はあのころだいぶバチバチしてた。蓮音くんジャニワ選抜やサマリー選抜じゃなかったのにガムシャラ!選抜いけたしドリボ選抜もあったし、もしかしたらの未来をすこしでも信じられたから)

(皆まとめて幸せになーれって思っている)

 

で、同じ教育理念浴びてるストの話なんてもう既存のオタクの皆さまが腐るほどしてると思うのですが、

 

校訓 太陽の如く生きよう

※堀越卒業じゃないジェシーくんが一番太陽みたいなの笑える。でもジェシーくんのは陰りの見える太陽な気がしていて(陽からではなく陰からスタートした人だと思っている勝手に)そこも好きです。

 

生徒は登下校の時、校門で感謝の意を込めて一礼します。

※ブレザーの制服着てぶぜんとした表情で一礼する日もあったのではないかと思うととてもよき。

 

なんというか、こういう卒業後いくばくかしてネタにしたら懐かしめる理不尽(ともとれちゃうかもなルール)をメンバーが共有してて、そしてそれぞれの交友関係が手の届く範囲でゆるやかに広がっている様子を想像すると、なんだかいいなあと思ったりします。

(京本さんはもう、ジャニーズが家なんだと思いますが)

(松村くんは完全に堀越が家な気がしています)

 

それから私にとっての家は関ジャニ∞もそうなのですが、さっき仕事終わってツイッターのぞいたらクチビルくんが降臨してて笑った。

なんというか、GW家にいる大学生以上の層を狙ったのだとしたらアリだったのかなと思うけども、これが今後購買層につながっていくといいよね、と思ったりしました。いやほらツイッターのマジョリティと購買層の需要は違うこともあるじゃないですか、という意味で。

ともあれジャニーズ事務所いまできる仕事しすぎてて、生き残り戦略(日本も、そして企業も)懸けててほんと尊敬する。私もボーナス減るかもしれないけど頑張ろうって思った。会社がつぶれないように(大手だし潰れないだろって思い込みは今の世情において不確かすぎる)頑張る。

 

最近毎日、SixTONESのブログ更新に癒されています。

それぞれが求められる役割をまっとうしていて安心感のかたまり。

樹くんの日本語力すごいな(ワードセンス的なものが)と思ってたけどこれはラップの賜物なのか。

ジェシー太陽すぎてやばい。

こちゆごいつも本当にありがとう。

しんたろうくんのトンチキ(なんだけど良心のある人のそれ)とてもすき。

京本さんはなんでこれ紙くしゃくしゃにしようと思った???(読んだときに心がざわつくのも含めて目が離せないこの人本当に「わかってるわ」と思う)

松村くんのブログがなぞに安心する。「とうこう」ってひらがななのもいい。

 

というかSixTONESの皆さんは周りの大人に大事にされてるのが伝わってくるからとても安心します。

こんな気持ち。

木皿泉さんの「Q10」というドラマで

「社会でうまくやっていこうと思ったら、まず頼りになる大人見つけろ。一人でいいから。これはっていう大人見つかったら、半分成功したようなもんなんだから」

 というセリフがあるのですが、ストの皆さんはもう指針となる大人を見つけてるんだろうなと思うと、この先がとても楽しみです。

アイデンティティの確立は24歳が平均的という話を読んだことがあるので、ストの年齢も相まって本当に今後がたのしみ)

 

いつも心に太陽を、ではなくいつも心にHome(よりどころ)を、という気持ちで、うまく自分に言い聞かせて仕事を頑張ろうと思います。

 

おわり。